5度の岩戸閉め、岩戸開き、建替え建直し 月の光

「人の世」から「神の代」への移行が始まっています・・

 2016
 「人の代」から「神の代」への移行に向けて、大きな変動のなかに入っています。
 これまでの5度の岩戸閉めが、一度に開かれる時代になっています。
 この大嵐のなか、愛と希望の船に乗って無事「光の岸」に辿り着けるように、平成7(1995)年から家族で聖地である日本の神社を周ってきました。
 社会をにぎわす大事件に神の意思があるのはもちろんなのですが、身近な小鳥の声、虫の音にも神の意思は宿っているようです。
 身近な季節の移り変わりに、この世の移り変わりを映し出されてみてください。

神社から授与されたお札を御札立てで大切に祀りましょう
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神社から授与されたお札を御札立てで大切に祀りましょう

 お札立て専門店『安心』は、
 人の「心」とは本源的に神聖なものであると提唱し、
 本源的に神聖である「心のまつり」を推し進めていくことが、あなたに幸福をもたらしてくれる一番の近道であり、そのことが世界の平和にとって最も有効な方法である・・
 ・・と提唱しています。
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現在の宇宙の年齢が137億年・・

 現在の宇宙の年齢が137億年であることは、宇宙科学が突き止めた事実です。
 日本神話は、「くらげなすただよえる」状態だった宇宙を「つくりかためなせ」と命じられて「くにうみ」していったのは伊弉那岐・伊弉那美(=137のキとミ)であると示しています。
 イザナギ・イザナミとは「137(イザナ)のキとミ」と読めるのですから、数字を大事にする日本の神の感覚からすれば、現在の宇宙の年齢が137億年であることは実に納得できる数字なのかもしれません。
 伊邪那岐大神と伊邪那美大神が、宇宙を生み上げ、銀河を生み上げ、惑星系列を生み上げ、最終的に地球上で『秀真伝(ほつまつたゑ)』に伝わる神人として現れたことを、『ひふみ神示』は「なりなりなりのはてにいざなぎのみこといざなみのみこと」になったと伝えてくれているのかもしれません。
 伊邪那岐大神・伊邪那美大神の宇宙で137億年ですから、国常立大神が八百万神の罪穢れを一神に引受けて退忍余儀なきにいたった宇宙は、それよりもはるか悠久の彼方にあるのでしょう。
 天之大神は万神をお救いになられるため、国常立大神退忍の原因を造られた八百万神の全ての罪穢れを段階を踏んで、伊邪那岐大神・伊邪那美大神の宇宙の5度の岩戸閉めの中へ移し換えたように思えます。
 天之大神の立場からすれば、5度の岩戸閉めとその岩戸開きとは、万神の罪穢れを祓うための貴い機会であるのかもしれません。
 とはいえ、個々の出来事を耐え忍んでご苦労されてこられた神々の物語を知るにつけ、私は言葉を失ってしまいます。
 子供たちを授かってから神々の物語に導かれて、私たち家族は聖地である日本各地の神社をまわってきました。
 その記録がこのホームページです。

これから起こってくる出来事の遠因は・・

 平成26(2014)年現在、地球は建替え建直しの真っ最中です。
 これから起こってくる出来事の遠因は137億年以前の国常立大神の宇宙の万神の罪穢れにあり、直接的原因は伊邪那岐大神・伊邪那美大神の宇宙の5度の岩戸閉めにある必然的なもののように思えます。
 どのようなことが起ころうとも、ただただ耐え忍ぶのみ。
 時代が落ち着いて様々な事柄を思い出話の中で検分できるようになったらぜひ我家にお越しください。

天に王星の顕われ地上の学者知者の驚嘆する時こそ・・

◇『霊界物語』第1巻第24章〔付言〕1921年、大正10年10月21日記録
「天に王星の顕れ、地上の学者知者の驚嘆する時こそ、天国の政治の地上に移され、仁愛神政(みろく)の世に近づいた時なので、これがいはゆる三千世界の立替立直しの開始である」

 詳しくは→ 「天に王星の顕われ地上の学者知者の驚嘆する時こそ・・」

愛と希望の光・・

 1995(平成7)年12月5日(火)の夜7時くらいに
天之大神の御言葉の後に続いて聞こえてきた歌。

  はじまるぞ、
  愛と希望の光
  この世を満たせ
  はるか永遠の時いたるまで、
  この世を満たせ。
  すばらしきかな、この世の建て替え。
  われら手を取り合って、
  永遠の光に向かって進め。
  時すぎて 人間たち
  我らにすがろうとも、
  われら振り返らず 進め。
  ありがたい ありがたい
  といって進めよ
 モーゼの妻ツイポラの要請に応じて1996年9月19日(木)モーゼに縁のある能登半島を訪ねた時、中心的に祈りの言葉として歌ってきた歌です。
 このときモーゼから、
「世界に大変が起こったと思ったとき、もう一度訪ねてこられよ」
 と言われたのでした。
 平成13(2001)年9月11日にアメリカがテロ攻撃にさらされたとき、こうしていては世界大戦だという危機感に襲われて、平成13(2001)年9月23日に能登半島を再訪しました。
 その時、石川県押水のモーゼパークを訪ねました。
   ⇒宝達志水町伝説の森公園(モーゼパーク)
(※)モーゼは120歳のとき、ネボ山でイスラエルの民のカナンの地を指し示し、カナンの地に入ることはなかった。
 私の知るところでは、モーゼはイスラエルの民がカナンの地に入るのを見届けてから、日本に向けて出発し、最終的には能登半島に渡ってきたようだ。
 バビロン虜囚のとき、一部のユダヤ人に「モーゼが日本に渡ったこと」が神命として告げられ、そして一部のユダヤ人たちが日本に渡ってくることになったようだ。
 このユダヤ人来訪の痕跡が、天狗の装束として伝わり、山伏の起源となった。
 第一陣はモーゼのとき、第二陣がバビロン虜囚のときだろう。
 四国か九州か能登半島に留まったユダヤ人の子孫にイエス・キリストが生れることが告げられ、ユダヤ人の子孫は「東方の三博士」として、イスラエルに渡っていった。
 バビロン虜囚のときから守られてきた財宝が救世主イエス・キリストに手渡されたのだろう。
 18歳のとき日本に渡ってきたイエス・キリストは富山県氷見湾で神業に励み、時の日本の天皇であった第11代垂仁天皇(すいにん)の誉れを得たと伝えるのは「竹内文献」であり、私はこの説を好意的に捉えている。

     平成17(2005)年4月29日加筆(変更箇所)はこちら

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旅の途中で記憶に残った御神像 旅の中で記憶に残った御神像を掲載しています。ご連絡くだされば、高解像度のJPEG差し上げます。
佐渡島から羽黒山  山形県の出羽三山をお開きになられた第32代崇峻天皇の御子蜂子皇子は山形県の羽黒山にこられる前に、船の修理のため佐渡島の羽黒の浜に立ち寄られていた。
 蜂子皇子は推古元年(593年)に佐渡島から海路で山形県庄内地方の由良港に上陸され羽黒山にお登りになられた。
 佐渡島は那岐那美両神の国生みによって生まれた島です。
 平成14年8月11〜12日にかけて訪ねました。私たちが佐渡島に行った直後に「曽我ひとみ」さんたち一行が北朝鮮から帰ってきたので「へ〜!」と思ったのを覚えています。
   平成16年7月9日 記録
 再チャレンジです
めをとBooks
平成18(2006)年12月1日、ドメインを取得して再チャレンジです。

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 わが女房殿、とても偉いカミ様である。掃除、洗濯、子育て、そして仕事と本当によくこなしてくれている。けれど、時々ふっと疑問に思うことがあるらしい。このサイトは、そんな女房殿の疑問に答えるためのものである。
沼島のオノコロ神社は「月の光」に移されるので、そうなったら構成を変える予定です。
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