妙高山里宮・関山神社【3】文献に掲載されている由緒書き|新潟県

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新潟県妙高市関山4804(広域地図はこちら
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文献に掲載されている由緒書き

『全国神社名鑑』(史学センター)に掲載されている由緒書き

  当社は、往古妙高関山三社大権現と称し、和銅年間裸形上人の開基で、奥院として妙高山頂に三尊の阿弥陀如来を奉伺し、麓の関山村に三神を勧請した。
  のち僧空海上人が門弟を送り社殿を再建し僧坊を造築したが、天正の頃からの戦火により全て焼失した。
  江戸時代に至り僧後海が再興し、社領100石の朱印状を受けた。
  明治維新後、朱印地は返上し、神仏混合を禁じられたため関山神社と改称し、仏像三体は別に保管して、現在の祭神を奉祀した。
  また明治2年春奥院仏の山頂の三尊を山頂より移し、明治17年神社南側の地に堂宇を建立し祭祀した。
  明治28年これも類焼したが、霊体は無事で大正10年現在地に再建奉祀した。
  昭和6年県社に列した。

その他の文献

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