平成8(1996)年6月24-25日(月・火)【9神社】、岡山県と島根県
平成8(1996)年6月11日(火)に至恩郷に参拝した後、三典さんのお話にあった、天明の生まれ故郷の氏神様である吉備津彦神社の資料を頂戴し、車に乗り込みました。
すると、吉備津彦神社の資料と一緒にいたのかどうか分かりませんが、黒住教の教祖・黒住宗忠が私の眼前に現れて次のように言います。
「天明の元を訪ねて、私の元を訪ねないでは、筋を違えるぞ。今回の出来事は全て私から始まったのである」
そういわれればそうともいえるので、東京に帰ってから黒住教の総本山のあるところを調べてみると、至恩郷の三典夫人から頂戴した吉備津彦神社から見て山の裏側にあたるところにあります。
急いで、吉備津彦神社、黒住教本山、吉備津神社(桃太郎伝説のある神社)、金光教本山、出雲へ参拝する旅程をくみました。
すると、吉備津彦神社の資料と一緒にいたのかどうか分かりませんが、黒住教の教祖・黒住宗忠が私の眼前に現れて次のように言います。
「天明の元を訪ねて、私の元を訪ねないでは、筋を違えるぞ。今回の出来事は全て私から始まったのである」
そういわれればそうともいえるので、東京に帰ってから黒住教の総本山のあるところを調べてみると、至恩郷の三典夫人から頂戴した吉備津彦神社から見て山の裏側にあたるところにあります。
急いで、吉備津彦神社、黒住教本山、吉備津神社(桃太郎伝説のある神社)、金光教本山、出雲へ参拝する旅程をくみました。
同じ6月という月の24日(月曜日)早朝に吉備津彦神社に到着する行程です。
吉備津神社(桃太郎伝説のある神社)に天之宇受女命を祀る一童社という摂社があり、ここでも天之宇受女命が祀られています。 のちに本ホームページ「月の光」を2002年(平成14年)から編集に入り、その過程で猿田彦命は吉備の国で生まれ伊勢に渡っていったこと、天之宇受女命は吉備津神社の一童社において神上がられたことを神に教えていただいたのでした。平成8(1996)年6月24日(月曜日)【5神社】、岡山県の吉備津彦神社から
吉備津彦神社 | 岡山県岡山市北区一宮1043 |
黒住教本部 |
岡山市尾上神道山 公式サイト |
吉備津神社 | 岡山県岡山市北区吉備津931 |
金光教本部 | 岡山県浅口市金光町大谷320 |
安政6年(1859年)、備中国浅口郡大谷村にて赤沢文治(川手文治郎)、後の金光大神(こんこうだいじん)が開いた創唱宗教である。
同じ江戸時代末期に開かれた黒住教、天理教と共に幕末三大新宗教の一つに数えられる。
現在の本拠地は岡山県浅口市金光町大谷である。
(金光町の町名は金光教の本部があることから付けられた。)
祭神は
天地金乃神(てんちかねのかみ)
生神金光大神(いきがみこんこうだいじん)
である。
出雲大社 | 島根県出雲市大社町杵築東195 |
平成8(1996)年6月25日(火曜日)【4神社】、日御碕神社から
日御碕神社 | 京都府京都市東山区祇園町北側625番地 |
宍道湖の湖畔 | 京都府京都市東山区祇園町北側625番地 |
神魂神社 | 京都府京都市東山区祇園町北側625番地 |
八重垣神社 | 京都府京都市東山区祇園町北側625番地 |
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