探訪ノート(小論)|月の光

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 聖地である日本の神社やその由緒書き、神話や物語として伝わっている話をいろんな角度から重ね合わせて、一つの推論を得ています。ただの推論に過ぎないか、それとも真理かは時代の流れが証明してくれるはずだと考えています。
 時代が落ち着いたら検分してみたい事柄です

ダマシタ岩戸開き

 特にダマシタ岩戸開きの周辺に観点が注がれています。今となっては遠い神代の思い出話ですが、建替え建直し真っ最中にあってはこの影響は計り知れないものがあります。
 神代の昔、「朝だ」として鶏に一番声を出させて、岩戸の中に居られる天照大神を「ダマシ」にかかったのは、京都丹波を西に行った京都府大江町の天之岩戸神社での出来事でした。そして京都丹波という場所は、第二次世界大戦の戦前戦中を通じて、出口直・出口王仁三郎が「ダマシタ岩戸開き」を改める「岩戸開き」の「型」や建替え建直しの「型」を演じた場所です。こういう神代の因縁がある土地が人目についていくでしょう。
 また、世の中の出来事の中に、神代の昔の物語を例にとって説明できる事柄が非常に多くなっていくでしょう。これまで一部の人にしか自覚されてこなかった事柄が、天運巡って、誰の目にも簡単に自覚できてしまえる非常に過ごしやすい世がやってきたといえるのかもしれません。

素盞鳴命の追放という岩戸閉め

 天照大神の岩戸締めと素盞鳴神を追放した岩戸閉めは密接に結びついています。ですから天照大神について触れていくことは素盞鳴神に触れていかざるを得なくなります。

私にあっての岩戸開きの胎動

 私にあっては、平成7年から「岩戸開き」の実地が始まっていたようなのですが、当の私自身何の知識もありません。まったくもって暗中模索状態だったのです。出てくる単語の一つづつがあまりにも「現代」離れしています。急いで勉強しなおしました。神代というのは本当にあったのか、いったい神代に何が起きたのか、この世とはいったい何のためにあるのか、そういう素朴な事柄を真剣に学び返しました。
 この探訪ノートはそういう勉強の集大成です。一般的な見解でいい場合は、その通りなので、そういう通説に道を譲ります。
 しかし、真実はこうだった可能性が高いのに、少数意見になってしまっているものや私の独自の見解をここでは取り上げていきます。