平成7年=1995年のメモ書きと更新履歴〔36歳〕|月の光

1995(平成7)年「亥の年」のメモ書きと更新履歴〔36歳〕

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1月9日(月)、36歳

 この年が未曾有の幕開け。
 サロン経営における「むつみ」との関わり

1月17日(火)、阪神淡路大震災

 1995(平成7)年1月17日午前5時46分52秒

3月20日(月)、地下鉄サリン事件

 午前8時ごろ

1995(平成7)年5月12日(金)、成田春吉(享年68歳)逝去。

 昭和2(1927)年2月20日生まれの私の父がなくなりました。享年68歳。

 翌13日(土)、通夜。

 父親の葬儀の祭壇の遺影に子供のころの父親、青年の頃の父親、壮年の頃の父親の映像が映し出される。
 私にとってこれが霊現象・神霊現象の始まりでした。

 翌々14日(日)、葬儀。

1995(平成7)年5月16日(火)、上九一色村で麻原彰晃、逮捕

 上九一色村で麻原彰晃、逮捕。

5月?日(?)、空海の高野山へ

 父親が亡くなって、人の生死について妻と話し合っていました。

 その話の中で、私の心の琴線を弾くものがあったのです。

「私の生まれ変わりが日蓮と空海のどちらだ、といわれたら私は間違いなく空海と答える」
 そういう会話をして、心にピーンと響くものがあったので、すぐに高野山にいく手はずを整えました。

 妻に所縁の三重県津市のご住職を訪ね、翌日、高野山に向かいました。

 高野山の宝物館に掲載されている文書をみて私は大変納得できました。

 その文書に記載されている要旨は、次のようだったと記憶しています

 56億7千万年後、私は大日如来と共に降り立って私は私の史跡を訪ねるであろう。
 訪ね歩く菩薩のメンバーは、大日如来、勢至菩薩、虚空蔵菩薩ほか2菩薩の名前が記されていました。

 私が幼い頃から日本各地を周らばければいけないという「思い」の源泉をみたと思いました。

 日本各地を周り続けるなかで、いろんな地域で空海の史跡を目にしたことか。

6月9日(金)から霊現象

 山形県米沢市、2月1日生まれ、三原健一さんの霊。40歳前後。
 2・3年前に横断歩道上の交通事故で死亡。山寺に行く機会があったら線香をあげて欲しい。

6月10日(土)、カナダの女性の霊

 外国人(カナダ)の女性の霊が現れる
 賢一(中学2年生)と会話をするが要領をえず。
 昨日の三原健一さんの霊の仲立ちで会話をすることができた。
 要は「カナダに帰りたい」とのこと。
 霊を私の手のひらに載せ、「ここがカナダだと思え」と告げ、念を送るとカナダに向けて出発していった。

6月11日(日)午後、じいさんの霊人

 午後サロンで休んでいると、身体にピリッ!とした弱電を感じます。

 このピリッ!とした弱電の正体はある霊人でした。

 「ワシは、今から90年前に、90歳で長野の名もない農夫として亡くなっている、ソナタであればワシのところを突き止めて訊ねてくることもできようが、そんなことせんでよいぞ、ワシはそなたの教育のために遣わされてきた」

 このじいさんとの会話が実に楽しかった。

ちなみに私の最初の質問

 「なぜ、1年は12ヶ月で1週間は7日なのか」

返答

「1年を12ヶ月にするのは神霊界の階層により、1週を7日にするのは喜びの数による」

 この返答を聞いたとき私はとても感動しました、私の心奥にス〜っと沁みこんでいくものを感じました。感謝しています。

6月16日(金)、照姫の生まれ変わり?

 照姫とは豊島城(練馬区石神井公園)の姫のこと。
 私は照姫の生まれ変わりよ、といっている人がいて、友人が彼女をサロンにつれてきた。
「奈良県の天河がヘソよ」
 といっていた。

6月23日(金)、じいさんの霊人との別れ

「ワシからソナタへの教育はもう終わりじゃ」

 といって私の元を離れていくときに見せてくれた最後の映像、
 霊人から光と闇が分離し光は光の世界に、闇は闇の世界に入っていくという映像に神界にとって霊界がどのような位置にいるかをなんとなく感じ取ることができました。
 そしてこれが最後の教育の教材なのだということも寂しさの中でなんとなくわかりました。

「ソナタの来るのをみんな待って居るぞ、あと解らないことは、神に聞け、そなたが訊ねれば、どのような神でも答えてくれるぞ」

6月24日(土)午後2時、降誕人(天使)との会話

「ソナタの来るのをみんな待って居るぞ、あと解らないことは、神に聞け、そなたが訊ねれば、どのような神でも答えてくれるぞ」

 じいさんが言うように、私が質問すればどのようなものでも答えてくれるのか試すことにしました。
 sudoさんは自分は天使だといっていたので、人間sudoさんの了解を得て、天使との会話をすることにした。

 試みは6月24日(土)午後2時行われました。

 キラキラする存在が現われて次のようにいわれます。
「私は永遠の楽園からやってまいりました。あなた方のやっていることに深く感謝します」

 私の問い

「宇宙とはどこにあるのか?」

 返答

「宇宙とはあなたのなかにあります」
 といってきらびやかな線状の空間が示されてくるのでした。

6月24日(土)夕方、ひふみ神示

 じいさんの教育の終了間際から私が読まなければならない大切な書物があると感じていたのですが、それがどういうものなのか皆目見当付かずにいました。

 この日の夕方、友人のmutsumiさんが持ってきてくれた本が『改訂版 ひふみ神示』です。

6月25日(日)夜、販社長の弟さんの生霊

 休もうとすると窓がガタガタと音をだして揺れます。
 この霊は販社長の弟さんの生霊でした。

 販社長の弟さんは喉頭癌末期治療をしています。

私「販社長の弟さんか?」
霊「・・」
私「光のスクリーンの間(鏡の間)に立つか?」
霊「嫌だ」
私「嫌なら嫌でよし、地球は自由の惑星。ならば、肉体がなくなってから立てばよし。今たつか、肉体がなくなってからたつかどちらでも良いだろう」
霊「考える時間をくれ」

6月26日(月)昼、各宗教団体の神霊もいるということ・・?

私「天理之王命はおられるのか?」

 天理之王の命
 ・・おられるのだ。

 ということは神話の神々もいるということか?

 こんなこと今まで考えたこともなかった。

6月26日(月)夜、販社長の弟さんの生霊の続き

私「どうする?」
霊「スクリーンの間(鏡の間)に立ってみる」

私「どうだった?」
霊「怖かった」
私「どうして?」
霊「私は小さいときから心とは反対のことをやっていた。
(1)6歳のとき、姉が泣いている。そして横に立っている自分がいる。
(2)高校か中学のとき、姉に向かって何か言っている、怒り気味に。
(3)23歳の時姉を喜ばせている。しかし、この時はウソを言っていた。
自由に生きてきたつもりだったが、自由に生きていなかった。
こうしたいと思うこととは逆のことをしていた。
素直になれなかった。」
霊「もし生き残れるのなら自分に素直に生きてみたい」

 この世がそもそも鏡の間になっていて、思ったことがゆっくり反応して現われるようになっている。  さらにこの世を離れるときに最後の学びの場まで用意されている。どこまでいっても神の配慮に満ちている

7月26日(水)午後、katayamaさんとnakataさんの訪問

 埼玉県朝霞市で飲食店を経営をされている中田さんという方がkatayamaさんという方の紹介で私たちの元を訪ねてきてくれました。

 その方のお話というのは、日本のあそこに行ってくれ、こっちにいってくれという声が聞こえてきて日本各地を訪ね歩いている、というお話でした。
 その場は、そういう人もいるのだなあ、と素直に感心して話を聞いていたのです。

7月28日(金)夜、岩戸は人の心の奥底に秘められている

旧暦7月1日 新月

 旧暦7月1日 新月。

 7月26日(水)にお会いさせていただいた中田さんたちが帰られてから妙な違和感が体の中に残っています。
 6月11日(日)に「じいさん」が私の身体に降り立った時と同じような微妙な弱電を感じます。
 こういう場合、霊人がやってきているケースが多いということを6月に学ばさせていただいていたので、その微妙な弱電の持ち主と話し合ってみることにしました。

 その方の話された事は次のような内容でした。

「私はアマテラスに会わなければいけない、私がアマテラスに会わなければ、アマテラスは岩戸の中から出ることができないのだ、始めは戸隠にいるだろうと思っていたが、戸隠は地層がずれてしまっていて、以前のものではなくなってしまっていた、さあ大変、時間がないのだ、いろんなところに行ったがアマテラスに会う算段がとれないのだ」

 私はその方に次のように告げました

「この度の岩戸は聖地にはないんだよ。人間の心の奥底に秘められていて、人間の心の奥底から入るしかないんだよ」

 その方は

「おお、かたじけない」
といってその場を離れていきます。

8月3日(木)午後、あの方はアマテラスに会えたのか・・

 8月にはいって、どうもその方が「アマテラス」にあったという実感が伝わってきません。
 どうも落ち着かないのです。また何かきていそうなものを感じます。

「あの方にお会いされましたか」

 と訊ねると、

「スサノオは私の気持ちをわかっていません、私がスサノオに会うのには条件があるのです、スサノオが黄泉国のことを調べて報告してくれるのでなければ会うことができないのです」
「私が伝えてあげましょうか」
「それには及びません」
「あなたはこれからどこにおられますか?」
「あなたがたとともにいます」

 断られた以上何もすることはできませんが、よくこういう霊的事柄好む人たちが私の周りに多いので、かくかくしかじかのことがあったんだと人の世の話題に乗せて数人に伝えたのでした。

8月6日(日)、至恩郷の「月の宮」の落成式・・

 至恩郷の「月の宮」というのは、平成6年11月11日、千葉県成田市台方にある麻賀多神社の祭典に使用しようした廃材(結局使用できず)を頂戴し、それを材料で平成7年8月6日(日)に落成した宮。

8月12日(土)午後から、ルシファーへの愛と希望の光の呼びかけ

「お父さん、愛と希望の光をルシファーに届けてあげて・・」
 胎の子からの要請。
 この日の午後から、ルシファーへの呼びかけが始まった。

「愛と希望の光・・」

 平成7(1995)年10月7日(土)までの2ヶ月間、極めてシンドイ日々だった。

9月5日(火)、スサノオ黄泉国に降り立つ

 黄泉国ではスサノオの到着を今や遅しと待っている人物がいる。
 その人物に抱きかかえられて、スサノオは左手奥のほうに消えていった。

 黄泉大神(イザナミ尊)の元に連れて行ったのだろうか?

9月15日(金)午後、愛と希望の光による富士神業

 愛と希望の光よ、この世に満ちろ。
 8月12日から約1ヶ月3日、愛と希望の光による富士神業。

 折り返し点。
 10月7日(土)までまだ1ヶ月残っている。

9月25日(月)、あそこに何かいるよ

 仕事で山形に帰っているとき、
「あそこに何かいるよ」

 それは

 「僅かな期間だけ姿を現す数少ない霊山」だった。

 この霊山が麻賀多神社の元宮であるが、この山にいけるのは限られた神のみ。

 まして人の身体で登る事のあってはならぬ山だろう。

10月7日(土)午後、愛と希望の光この世に満ちろ

 ルシファー罪穢れの世界を脱する。

 希望の復活。

 10月6日(金)の夜をかけて、カローラで私が山形に向かっているとき、一晩中聞こえていた歌。
 少年少女合唱団の歌声、大人の合唱団の歌声。
 かごめの歌とルシファーの間には何らかの関係があったということだ。

 こういう経験も始めてのことだった。

 かごめかごめ
 かごの中の十理は
 いついつ出やる
 四開けの番に
 鶴と亀が術得た
 羽代の主よ生めん朶あれ。

(※)ヘブライ語の意味もあるらしい(2016年11月12日追記)

かごめかごめ カゴ・メー カゴ・メー 誰が守る
かごの中の鳥は カグ・ノェ・ナカノ・トリー 硬く安置された物を取り出せ
いついつでやる イツィ・イツィ・ディ・ユゥー 契約の箱に納められた
夜明けの晩に ヤー・アカ・バユティー 神譜を取り、代わるお守りを作った
鶴と亀がすべった ツル・カメ・スーベシダ 未開の地に水を沢山引いて
後ろの正面だ〜れ ウシラツ・ショーメン・ダラー 水を貯め、その地を統治せよ!


10月22日(日)、火の国とは・・

 火、動いて水、中心が歓喜。
 光、動いて影、中心が歓喜。
 熱、動いて暗、中心が歓喜。
 日、動いて月、中心が歓喜。
 陽、動いて陰、中心が歓喜。

 火の国とはウとムが和したムであり、極小と極大が和した超完成かつ超未完成の国。

 歓喜の国

 弥栄の国

 根源の国

11月1日(水)、麻賀多神社に「カゴメの歌」の奉納・・

 10月7日(土)に山形で希望の光が復活した。
 そのことを示すために、麻賀多神社に「カゴメの歌」の奉納。

11月9日(木)、目黒を出る

 目黒の清算。

11月26日(日)、早朝山形に着く、すぐに「千引の岩戸開き」

  山形に「石戸百弥己」さんという方から手紙が着いていた

 山形県の出羽三山を擁する庄内地方で平成7年11月26日(旧暦10月4日)の日の出から夜半にかけて千引の岩戸開きが行われ、平成7年11月27日(旧暦10月5日)の午後、伊邪那岐尊と伊邪那美尊がようやく出会うことができました。

 千引の岩戸を開けるということは、伊邪那岐尊と伊邪那美尊の悲願に似た約束事でした。

 そのことを、『ひふみ神示』は次のように書いています。
「 ここに伊邪那美命息吹き給ひて千引岩を黄泉比良坂に引き塞へて、
  その石なかにして合ひ向ひ立たしてつつしみ申し給ひつらく、
    うつくしき吾が那勢命、時廻り来る時あれば、
    この千引の磐戸、共にあけなんと宣り給へり、
  ここに伊邪那岐命しかよけむ宣り給ひき。
  ここに妹伊邪那美命汝の国の人草日にちひと死と申し給ひき。
  伊邪那岐命宣り給はく、吾は千五百生まなむと申し給ひき。」

       『ひふみ神示』(第6巻日月の巻、第40帖)より

 山形県の出羽三山を擁する庄内地方で千引の岩戸開きが行われるとき、私たちはちょうど山形県羽黒町の実家に帰っていました。
 平成7年11月26日早朝ある神(稚姫岐美命のように思えているのだが)から千引の岩戸開きが行われるという知らせを受取ったとき、すかさず私だけ月山の方角に祈り羽黒山に向けて車を走らせました。

 このとき天の大神は次のようなお話をしてくれたと記憶しています。

「 この岩戸は神のマコトの混じりのない気持ちでないと開けないこと、
 岩戸といわれるものは無限にあり、どの岩戸が千引の岩戸かどの神も分からない事、
 神の気持ちに呼応した岩戸が開けれること、
 ウソイツワリがあればウソイツワリの岩戸が開いてしまうこと、
 今時廻り来て大岩戸が開けられようとしている、
 ようく見ておかれよ」

○ お袋から、

「手紙が来ている」
 と言われて見せてもらった。
 「石戸百弥己」さんという方からの手紙の趣旨は
「山形に真のまかた神社があるというメッセージいただいたのですが、その場所をご存知ですか?」
 という内容だった。
 おそらく11月1日(水)に麻賀多神社に奉納した「カゴメの歌」をご覧になられた方が、山形に手紙をくれたのだと思う。

○ 「石戸百弥己」さんという方には12月3日(日)に会うことになった。

12月3日(日)麻賀多神社で「石戸百弥己」さんという方に・・

 千葉の伯父さん宅へ訪問

 11月26日(土)に山形で手紙を拝見した「石戸百弥己」さんという方と麻賀多神社で会う。

○ 体調を崩している千葉の伯父さん宅へ訪問。

12月5日(火)、大田区山王のコスモ・テン へ

 夜7時ごろ、艮(うしとら)の金神様から、国常立大神様・・

 12月3日(日)の「石戸百弥己」さんとの話を踏まえて、大田区山王にあるコスモ・テンの高橋守社長へ訪問。

○  艮(うしとら)の金神様から、金神様と国常立大神様がお出ましになられる。

 天の大神より、
「国常立大神様がそちらに渡られるから粗相のないようにせよ」
 と厳命。

 国常立大神様に続いて流れてきた歌がこちら。

  はじまるぞ、
  愛と希望の光
  この世を満たせ
  はるか永遠の時いたるまで、
  この世を満たせ。
  すばらしきかな、この世の建て替え。
  われら手を取り合って、
  永遠の光に向かって進め。
  時すぎて 人間たち
  我らにすがろうとも、
  われら振り返らず 進め。
  ありがたい ありがたい
  といって進めよ

12月7日(木)原稿を大田区山王のコスモ・テン へ

 12月5日(火)に続いて、原稿をコスモ・テンの担当の方へ。

12月22日(金)、新月で19年に1度巡ってくる「朔旦冬至(さくたんとうじ)」

 太陽が昇っている時間が1年で最も短い冬至の22日は、旧暦の11月1日で月の満ち欠けが見えなくなる新月と重なり、19年に1度巡ってくる「朔旦冬至」となった。
 次は19年後の平成26(2014)年12月22日(月)だ。
 地球から見て月が太陽と同じ方向にある新月は「朔」と呼ばれ、新たな満ち欠けが始まるものとして、古くから喜ばれてきた。
 中でも、冬至と重なる朔旦冬至は特にめでたい日とされ、祝いの対象になってきた。

1995(平成7)年12月28日(木)、別れ。

 別れ。
 1995(平成7)年12月20日(水)に提出されたものが、1995(平成7)年12月28日(木)に受理。

1995(平成7)年12月30日(土)、成田信一(享年76歳)逝去。

 私の伯父・成田信一(のぶいち)がなくなりました。
 大正8(1919)年6月28日生まれ。享年76歳。

 年末にかかるため、年明けに通夜と葬儀。

 今年は成田家で2人を亡くした。
 私の父で実家を継いだ春吉(はるきち)、本来の相続者だった信一(のぶいち)。

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