平成8年=1996年のメモ書きと更新履歴|月の光

1996(平成8)年「子の年」のメモ書きと更新履歴(37歳)

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平成8(1996)年は子の年、37歳

 19(絶対光)96年(くむとし)、平成8年(ひらくとし)来る。

 『ひふみ神示』第八巻「磐戸の巻」第16帖

「子の歳真ん中にして前後10年が正念場、世の立替は水と火とざぞ。」

 本年が子の歳

 10年前が昭和61(1986)年で、私が27歳。
 平成8(1996)年が真ん中の子の歳。
 10年後が平成18(2006)年で、私が47歳。

2月11日(日曜日)、旧暦12月23日、3,422gで生れる・・

 長女の実加(みか)が6時34分に3,422gの体重で生れる。
 実加(みか)が生れた6時34分は日の出の時間。

 実加(みか)は「愛と希望の子」

5月4日(土)、港へ進水・注水

 天之鳥船の発艦へ向けた動きである。
 港へ進水・注水である。

5月6日(月)、天之鳥船の発艦

 天地の側から天之鳥船の発艦(総数は4艦である)。

 地上に到着するまで3ヵ月、道に迷って5ヵ月かかるだろう。

 10月13日(日曜日)船通山と月山に到着10月24日(木曜日)御岳山に到着

6月10日(月曜日)、私たちにだけ自覚されていた神事(かみごと)

 平成8年6月10日(月曜日)に、私たちにだけ自覚されていた神事(かみごと)があったのですが、それが実に大変でした。

 『ひふみ神示』第10巻 水の巻 第8帖 は次のように示しています。

 「 鎮座は六月の十日であるぞ。」

 昨年(平成7年の1995年)の未曾有の心霊現象や神霊現象を経験した私達にとって、1996年6月10日は特別な日になっていました。

 何が鎮座するのかまでは、特定できませんでしたが、何かが鎮座されるのは確かです。

 平成8年6月9日(日曜日)、夜10時に東京出発、翌6月10日(月曜日)奈良県吉野の天川神社に参拝、そこから和歌山県の高野山に入り、三重県菰野町の至恩郷に向かうという行程をくみました。

 ところが、これが難行程だったのです。

 天川神社から高野山へつながる山間の道路の狭い幅員と険しさで時間だけが過ぎています。和歌山県の高野山を出発するのが6月10日の午後3時になっていましたから、6月10日の日のあるうちに三重県菰野町の至恩郷に辿り着けません。
 事情を説明すれば参拝できるかもしれないと思ったので、夜8時ごろ、本日中に参拝したい、夜11時ごろ伺えるけれどどうだろうという問合せの電話をしてみました。
 電話口からは、日も暮れているので翌日にしたほうが良いのではないか、と当日中の参拝の断りの声が聞こえてきます。私たちだけに自覚された神事(かみごと)の成就という希望を明日につなぐため、夜11時過ぎに至恩郷の入り口の前に立ち、明日改めて訪ねてくる来るという心を置いてその場を立ち去ったのでした。

 しかし、何がどういう風に鎮座されるのか、そして私達の果たす役目が皆目検討ついていません。

 翌日6月11日(火曜日)の早朝、三重県津市生まれである女房の両親の墓参り(三重県津市阿漕町津興〜マピオン地図〜の教円寺)を済ませてから伊勢神宮に車を向かわせました。
 菩提樹の三重県津市阿漕町津興(マピオン地図)の教円寺から、伊勢神宮へ向けて車を走らせ始めると、妻がいいことをいいます。

「お父さん、鎮座するには足場が必要ということじゃない?」

 近くにそれらしい名の神社を探すと、国魂神社三重県津市西古河町23−16〜マピオン地図)という神社があります。ここは女房の実家に近い神社です。

  急きょ、国魂神社三重県津市西古河町23−16〜マピオン地図)に立ち寄り祝詞を奏上しました。

 祝詞を奏上している途中から、国魂神社から各地に伝令が発せられていきます。

 伝令は、

「国常立大神、鎮座まします、国常立大神、鎮座まします、・・・」
 といっていたのです。

 「 鎮座は六月の十日であるぞ。」

 ということで鎮座されるのは国常立大神であることを知ったわけですが、どの規模での鎮座かは、1996年子の年から10年経た2006年に知ることになります。

 2006年10月23日(月曜日)、旧暦9月2日、「新しい星が生れた」と知らされたのです。

 (※)2008年2月28日(木曜日)、日経新聞で新惑星の理論的可能性が報じられた。

6月24日(月曜日)早朝、吉備津彦神社到着

 吉備津彦神社、黒住教本山、吉備津神社(桃太郎伝説のある神社)、金光教本山、出雲へ参拝する旅程。

7月20日(土曜日)アメリカアトランタオリンピックの開幕のなかで

 7月20日(土曜日)、孔雀が鳥海山(山形県と秋田県の県境)に舞い降りる。
 7月21日(日曜日)、羽を拡げ始める。
 7月23日(火曜日)、羽が開く。宇宙の展開か?
 7月31日(水曜日)、孔雀が「ひふみ、ひふみ」と鳴き始める。

8月18日(日曜日)〜8月21日(水曜日)下北半島へ・・

 8月18日(日曜日)、十和田湖
 8月19日(月曜日)、太神山と湯殿山
 8月20日(火曜日)、月山と羽黒山
 8月21日(水曜日)、鳥海山、田沢湖、唐松神社(物部守屋の子孫)

8月30日(金曜日)西金砂神社へ・・

 大宮のスサノオ
 西金砂神社→岩船神社→大洗神社→水戸の護国神社→千波湖

9月5日(木曜日)多賀大社へ・・

 多賀大社
 八坂神社
 琵琶湖の浮御堂
 比叡山延暦寺
 本能寺
 鞍馬寺

9月12日(木曜日)下北半島へ・・

 下北半島の恐山
 秋田県の男鹿半島

9月19日(木曜日)能登半島へ・・

 空海の筆のある大野日吉神社
 武内宿禰を祭る若宮八幡神社
 珠洲市の須須神社
 宝立山

9月21日(土曜日)モーゼ、シナイ山へ・・

 別天津神を初めとする神々の集合。
 モーゼ、シナイ山へお戻りになられる。

9月29日(月)鳩山由紀夫らが旧民主党を結党・・

 新進党の結党以降、自民党と新進党の二大政党制が待望される一方、小政党は埋没の危機に瀕していた。
 次期総選挙に向け、危機感を強めた新党さきがけ代表幹事の鳩山由紀夫らは、社会民主党との「社さ新党」を模索していた。
 当初は船田元(新進)との「鳩船新党」を検討していたが、船田は保守政党に固執したため断念した。
 その後鳩山は、薬害エイズ問題の対応で世論の支持を集めた厚生大臣の菅直人(さきがけ)や北海道知事の横路孝弘と接触を重ね、新党結成で合意。
 鳩山と実弟である鳩山邦夫(新進)、菅直人、岡崎トミ子(横路の代理、社民)の4名が「民主党設立委員会」結成の呼びかけ人となった。
 社民・さきがけ全体の新党移行を想定していたが、鳩山邦夫は自社さ政権の中心人物である元首相の村山富市、さきがけ代表の武村正義の参加拒否を主張、鳩山由紀夫も同調した。
 しかし、鳩山由紀夫は自社さ政権成立後、さきがけの代表幹事となって政権を支えた経緯があり、この主張は矛盾したものであった。
 このときの対応は「排除の論理」と言われ物議を醸した(その年の流行語大賞にも選ばれる)。
 とはいえ、さきがけのほとんどの議員(15人)と、社民党の約半数の議員(35人)が参加。
 新党に移行せず存続した母体の社さ両党は1996年衆院選で惨敗を喫したため、実体としてはこの時結成された民主党が「社さ新党」に近い。
 他に山花貞夫、海江田万里が所属した市民リーグは解散して参加、新進党からは鳩山邦夫が参加した。
 数の上では社民党が圧倒的多数だったが、長老議員が多く、党運営はさきがけの議員を中心に、社民党出身の中堅・若手議員が加わって担われた。

10月7日(月)【尖閣諸島問題】台湾、香港、マカオの抗議団体が約45隻の漁船で魚釣島に上陸

 1971年(昭和46年)以降、中国と台湾がそれぞれ尖閣諸島の領有権を主張し始めた。
 1978年(昭和53年)8月11日、日本青年社が尖閣諸島上陸決死隊を結成し魚釣島に上陸、柱型の点滅式灯台を建設し、同年8月13日に点灯した。
 1980年(昭和55年)付近を航行中のフィリピン船籍の貨物船が台風により遭難したが、この灯台を発見したことにより乗組員23名全員が無事救助されている。
 1988年(昭和63年)6月、同社が尖閣諸島上陸10周年を記念してアルミ軽合金のやぐら型の灯台に改築しバッテリーも太陽電池式とした。
 日本青年社は、1996年(平成8年)7月わが国の領土である尖閣諸島・北小島に日本の政治団体が灯台を建設したところから、中国と台湾が主権・領土の侵害であると抗議した。
 続いて、台湾、香港で抗議デモが起こり、政治活動家・報道関係者多数を乗せた船が尖閣諸島海域に近付き、わが国の領海を繰り返し侵犯したばかりか、1996年(平成8年)10月7日に台湾、香港、マカオの抗議団体が約45隻の漁船などで領海を侵犯し、魚釣島に上陸して中華人民共和国と中華民国の国旗を掲げる事態が生じた。
 抗議デモは中国国内、欧米にまで拡大した。
 1996年(平成8年)11月、台湾の上陸者により北小島灯台が破壊されたが、1996年(平成8年)12月には同社により修復された。
 日本青年社は、それ先の1989年(平成元年)に尖閣諸島の主島である魚釣島に灯台を建設したことがある。 その時も台湾、香港、中国で抗議デモが起こり、1996年(平成8年)と同様に中国の強硬な抗議により日本政府は許可を保留した歴史がある。
尖閣諸島地図

10月10日(木)千葉県と茨城県へ・・

 麻賀多神社
 香取神宮・・利根川の津の宮
 鹿島神宮
 霞ヶ浦の水神宮
 銚子の渡海(とかい)神社

10月13日(日曜日)、旧暦9月2日、天之鳥船が船通山と月山に・・

 5月6日(日曜日)に発艦した天之鳥船は、朝6時、船通山(島根県)に天の側から入る。

 5月6日(日曜日)に発艦した天之鳥船は、夜21時、月山(山形県)に天の側から入る。

10月24日(木曜日)、天之鳥船が御岳山に・・

 安土桃山城址に織田信長のお墓があるので訪問。
 京都の本能寺にあるものだと思っていたが、全く違っていた。
 その流れで、琵琶湖の伊崎不動明王、日牟礼八幡宮、御岳山を周る。

 御岳山(岐阜県)についた時、天之鳥船は天の側と地の側からそれぞれ1艦づつ入った。

 5月6日(日曜日)に発艦した天之鳥船のうち、3艦は天の側から入り、1艦は地の側から入った。
「1艦だけでも地の側から入れたのは救いである」
 私たちを指導してくださる神の評価だ。

10月31日(木曜日)、諏訪大社へ・・

 諏訪大社
 小坂観音

11月21日(木曜日)、福島へ・・

 猪苗代湖
 立木観音
 船引きの大鏑矢神社、堂山王子神社

11月26日(火曜日)日の出から、11月27日(水曜日)15時にかけて

 11月26日(火曜日)日の出、建速須佐之男大神が指揮官となって、天之鳥船を高天原に引き上げる作業が始まった。
 中継基地が福島である。
 11月27日(水曜日)15時に終了した。
 1年前の千引の岩戸開き(11月26日〜27日)に対応した動きである。

12月4日(水曜日)、神奈川県の横須賀へ・・

 走水神社
 走湯神社
 城ヶ島

12月9日(月曜日)、国常立大神・・

 国常立大神、紀の国に鎮座まします。

12月10日(火曜日)、トキ・・

 トキが舞い降りる。

12月21日(土曜日)、鳳凰と孔雀・・

 鳳凰と孔雀が和合したメデタキ日。

12月27日(金曜日)、白光集(しろひかりつどえ)・・

 白光集(しろひかりつどえ)= snow working park = head meeting place
 英語の語感の方がわかりやすい、と神はいわれる。

12月30日(月曜日)、6つ の五芒星(ごぼうせい)が・・

 6つ の五芒星(ごぼうせい)が天の大神の周りに集えた日。
 そして、高天原が太陽(ふとひ)の輝きにつつまれた日。
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